森山’s Honey Bucket 71
近鉄奈良線生駒駅に隣接する鳥居前駅から、ケーブルカーに乗車するとまず宝山寺駅に着く。
生駒山上遊園地(スカイランドいこま)へはこの駅からまたケーブルカーを乗り継ぐことになっている。
「宝山寺」のことを「生駒聖天さん」と親しみをこめて呼ぶ人も多い。
僕が小学3~4年生だった頃、母が気管支喘息を患い入退院を繰り返していた。
ある日父が「良い空気を吸いがてら、お母ちゃんの喘息がよくなるように聖天さんにお参りに行こう!」と言って、親子3人で出かけた。これが僕と「生駒さん(聖天さん)」との出会いだった。
ケーブルカーを下り、お土産物屋さんの前を通り、たくさんの灯篭が居並ぶ石畳の参道を、ゼーゼー息をする母の手を引くように歩いた記憶がある。おそらく父母や周りの人たちの見よう見まねで、手を合わせたり鈴を鳴らしたりしながら、「母の喘息が少しでもよくなるように。」と祈ったはずだ。
ある日、母の喘息は劇的に良くなった。(これは僕がそう思い込んでいるだけで、実際は劇的な回復などではなかったかもしれないが…、とにかく調子が良くなったのだ。)
「最愛の母を苦しみから救ってくれた聖天さん」に対し、子ども心にとても感謝した。
そんなことがきっかけになって、ことあるごとに僕は聖天さんを訪ね、お礼であったり、お願いであったりを重ねてきた。
つい三日前にもお邪魔してきた。
年齢を重ねた父や母の健康面での願いごとがあった。
震災で命を亡くされた方々のご冥福やご遺族の無念を思い、祈りを捧げた。
そして今日合格発表を迎える教え子たちのことについても祈った。
受験生一人ひとりの顔を思い描きながら祈る。
しかしその祈りは、「○○君がどうか○○高校に合格していますように…。」と言うものではない。
「どうか、○○君の長い人生にとって、最もよいと思われる方向に導いてやってください。」と祈ることにしている。
彼が今日流すことになるかもしれない無念の涙が、彼の人生をより素敵な方向へと繋げるかもしれないからだ。
『人生万事塞翁が馬』
「生駒さん」どうかそれぞれの最良の道に導いてあげてください。
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