ワクワクの土曜日担当、池畑ことあっくんです☆
本日も僕のヒトリゴトにお付き合い下さい♪
以前からずっと気になっていたラーメン屋さんに先日初めて行ってきました。
着いたときにすんなりと入れたのは随分と運がよかったようで、
お昼時を過ぎているにも関わらず、僕が食べている間に行列ができていました。
そのお店のラーメンは鶏プラス魚介の濃厚なスープに、お店で手作りの太麺という組み合わせ。
なんとも癖になる味で本当に美味しく頂きました。
若い店員さんの対応もとても気持ちのよいもので、これから頻繁に足を運ぶことになりそうです。
と、別に今日はラーメンレポートをするつもりではなかったのですが、あの味を思い出してしまいついつい書いてしまいました。
さて、ここからが本題。
そのラーメン屋さんが「麺や 紡」という名前だったんです。
「紡」
読めますか?
本来は送り仮名を伴って、
「紡ぐ(つむぐ)」
と読みます。
(このお店は一文字で「つむぐ」と読みます。)
「言葉を紡ぐ」などのように「○○を紡ぐ」という形で普段は比喩的に用いられることの多い言葉ですが、
恥ずかしながら元々の意味をちゃんと知らなかったのでラーメンを食べた後に調べてみました。
「綿や繭(まゆ)を錘(つむ)にかけて繊維を引き出し、縒(よ)りをかけて糸にする。」(デジタル大辞泉より引用)
だそうです。
要は細い細い糸(繊維)を縒り合わせながら一本の木綿糸や生糸にしていくということなんですね。
なんだか直感的に「良い言葉だな」と思いました。
僕たちは毎日、見たり、聞いたり、読んだり、食べたり、飲んだりしたたくさんの「細い細い糸」を自ら紡いで、「自分」という一本の糸をつくっています。
そして、同じように紡がれた「糸」である「他者」と出会い、織りなされることで「布」という「世界」ができあがる。
広く、遠くに見える「世界」は元を辿れば日々僕たちが紡ぐ「細い細い糸」からできている。
「紡ぐ」という言葉からそんなことを連想することができました。
では、日々どんなものを紡いでいこうか?
僕なら、「笑顔」や「優しさ」、「勇気」といったものを紡いでいきたいなぁ。
それらが溢れた「世界」になって欲しいから。
今日からは講習会&冬合宿。
自分が「世界」に望むものを紡いでいく。
そんな時間にしようね。
本日も僕のヒトリゴトにお付き合い下さい♪
以前からずっと気になっていたラーメン屋さんに先日初めて行ってきました。
着いたときにすんなりと入れたのは随分と運がよかったようで、
お昼時を過ぎているにも関わらず、僕が食べている間に行列ができていました。
そのお店のラーメンは鶏プラス魚介の濃厚なスープに、お店で手作りの太麺という組み合わせ。
なんとも癖になる味で本当に美味しく頂きました。
若い店員さんの対応もとても気持ちのよいもので、これから頻繁に足を運ぶことになりそうです。
と、別に今日はラーメンレポートをするつもりではなかったのですが、あの味を思い出してしまいついつい書いてしまいました。
さて、ここからが本題。
そのラーメン屋さんが「麺や 紡」という名前だったんです。
「紡」
読めますか?
本来は送り仮名を伴って、
「紡ぐ(つむぐ)」
と読みます。
(このお店は一文字で「つむぐ」と読みます。)
「言葉を紡ぐ」などのように「○○を紡ぐ」という形で普段は比喩的に用いられることの多い言葉ですが、
恥ずかしながら元々の意味をちゃんと知らなかったのでラーメンを食べた後に調べてみました。
「綿や繭(まゆ)を錘(つむ)にかけて繊維を引き出し、縒(よ)りをかけて糸にする。」(デジタル大辞泉より引用)
だそうです。
要は細い細い糸(繊維)を縒り合わせながら一本の木綿糸や生糸にしていくということなんですね。
なんだか直感的に「良い言葉だな」と思いました。
僕たちは毎日、見たり、聞いたり、読んだり、食べたり、飲んだりしたたくさんの「細い細い糸」を自ら紡いで、「自分」という一本の糸をつくっています。
そして、同じように紡がれた「糸」である「他者」と出会い、織りなされることで「布」という「世界」ができあがる。
広く、遠くに見える「世界」は元を辿れば日々僕たちが紡ぐ「細い細い糸」からできている。
「紡ぐ」という言葉からそんなことを連想することができました。
では、日々どんなものを紡いでいこうか?
僕なら、「笑顔」や「優しさ」、「勇気」といったものを紡いでいきたいなぁ。
それらが溢れた「世界」になって欲しいから。
今日からは講習会&冬合宿。
自分が「世界」に望むものを紡いでいく。
そんな時間にしようね。
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こんにちは
NCY ( 年末 コンパクト ヨコヤマ )
気がつけば 速くなっている
ペースが速くなっている
走るときでさえ そうなのに
日常の生活でも
気がつけば 速くなっている
ペースが速くなっている
早くゴールしただけが 偉いのではないと思う
でも 「速く」と心がせかす
自分が持っているもので 人生を進んでいける
自分が持っているものに 気付くこと
これが 人生経験の価値だと思う
がむしゃらに 振り絞って 渾身の力で
自分の力で 日々進んでいく
そして 何より 真面目さが 一番
自分の力で 日々進んでいく
そして 何より 真面目さが 一番
では、また来週金曜日に・・・。
森山’s Honey Bucket 59
元来が小心者である自分は、
あることでひとたび悩み始めると、
思考の一つ一つが負の連鎖を辿ってしまい、
心がどんどん暗いほうへはまり込んでいくことがある。 ものごとにはいろんな方向からの見方があるはずだし、
困難を解決へと導く手立てもきっとあろうはずなのに、
落ち込むとそれがまったく見えて来なくなる。
考え方にバリエーションがなくなり、
「解決の糸口さえない…」
と思い込んでしまうのだ。
ところが、そんなとき、
自分の心をフッと楽にしてくれる方法があることに、最近になって気づいた。
気持ちが明るくなり、前向きになる方法だ。
今さら気づくというのもおかしな話だけれど
その方法とは、僕の場合…
「やりがいのある仕事をひたすら忙しくこなすこと」
「目の前にいる子どもたちとがっちり向き合うこと」
だった。
格好良いことを言ったところで、むろん僕は仕事の虫ではない。
かつて、忙しすぎることや休みのないことに
やりきれない思いを募らせたことがある。
それを終えた後の「お楽しみ」を頼みに仕事をしていた、
と言わざるを得ないこともあったはずだ。
どう買被っても
「仕事が生き甲斐」と胸を張れる人生ではない。
なのに、
こんな歳になった自分が、
「泣きべそをかきながら母を探す迷い子」
に似た不安に支配されたとき…
しんどい心を楽にしてくれる特効薬が、
自らの「仕事」の中にある、と気づいた。
「仕事」を大切にすることと、「自分」を大切にすることとは、一体のことかもしれない。
「仕事」を大切にすることと、「自分」を大切にすることとは、一体のことかもしれない。
この仕事、ずっと続けて行きたいなあ…
UR、SR、R、UC、Cって何の略かご存知でしょうか。

子供達(一部大人も!)がよく遊んでいるカードゲームの
レアリティー記号のことで、URといえば「ウルトラレア」の事です。
一枚だけで、数倍~数十倍、場合によってはそれ以上の
プレミアム価格になります。

カードでURといえば、値打ち(価格)の高いものという
イメージがありますが、本来は、
ほかにはない「珍」なこと、希少なことという意味です。

夜中に、芝生の上で子供達が集まって鍋をつつく。
まさにURな体験だと思います。

ずっと中にいると、結構普通に思えてしまうのですが、
この屋外すき焼きに限らず、学園では日々
URな体験の連続です。

そして仲間も相当なURが多いような。

皆さんは、自分のことをどう感じていますか??
子供達(一部大人も!)がよく遊んでいるカードゲームの
レアリティー記号のことで、URといえば「ウルトラレア」の事です。
一枚だけで、数倍~数十倍、場合によってはそれ以上の
プレミアム価格になります。
カードでURといえば、値打ち(価格)の高いものという
イメージがありますが、本来は、
ほかにはない「珍」なこと、希少なことという意味です。
夜中に、芝生の上で子供達が集まって鍋をつつく。
まさにURな体験だと思います。
ずっと中にいると、結構普通に思えてしまうのですが、
この屋外すき焼きに限らず、学園では日々
URな体験の連続です。
そして仲間も相当なURが多いような。
皆さんは、自分のことをどう感じていますか??
●むこう向きのおっとせい その59
実験学校からのバスでの帰り、サービスエリアに立ちよった時、
見事に赤く丸いきれいな夕陽が海に沈もうとしていた。
それを見つけた一人の男の子が、一目散に走って行った。
私もカメラに収めようと、その後を追った。
「7年間生きてきた中で、一番きれいな夕陽や。」と
子どもは目を輝かせて私に話しかける。
しみじみと「7年間」と言うのがなんだかおかしく、可愛かった。
彼の感動がダイレクトに伝わってきた。
「チョウやトンボ、バッタなどの昆虫をつかまえたこと」、「太陽が昇るところや沈むところを見たこと」、「夜空いっぱいに輝く星をゆっくり見たこと」といった自然体験の度合いと、「友達が悪いことをしていたら、やめさせる」、「バスや電車で席をゆずる」といった道徳観・正義感の度合いを、それぞれ点数化してクロス集計したところ、「自然体験」が豊富な子どもほど、「道徳観・正義感」が身についている傾向が見受けられた
と生涯学習審議会「青少年の[生きる力]をはぐくむ地域社会の環境の充実方策について」の答申に書いてあった。
それが正しいのかどうかは定かではないが、
美しいものに感動する心を持った子どもには育ってほしいとは思う。
今回の実験学校では、普段学校では体験しない実験のほかに、
マットに寝転び、毛布にくるまっての冬の星座の観察、
朝早く起きての釣り、
そして「星くずの村」の自然を利用した「クリスマスリース」作りと、
自然と触れ合う機会を多く持った。
そういう実験と自然体験のできるところが、
実験学校の真骨頂なのだ。
今年一年が終わろうとしている。
来年もインパクトのある実験や、楽しい自然体験を一杯
子どもたちに提供していきたいと思っている。
といいながら実は自分が一番楽しんでいる気がする。
幸せなことだ。
ではまた。