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2025/04/06 20:30 |
「交換日記」
森山’s Honey  Bucket  56
 
  CY先生のブログを拝見しながら、ふとなつかしく思い出したことがある。
 
 
 
 息子が幼稚園に通い始めるまでは、一緒に過ごす時間がたくさんあった。
 
 午後2時からの出勤だったおかげで、乳母車や自転車に息子を乗せ、あるいは息子が足こぎする三輪車やデラックスな外車(四輪駆動車)の横に付き添い、ときには僕運転のマイカー・カローラに乗って、二人でいろいろなところに出かけた。
 
 息子は小さい小さいときから鉄道が好きだった。
鳥飼の新幹線基地・東花園の近鉄電車の車庫・長瀬駅付近の踏み切り、
いずれも嬉々として目を輝かせた。
 
 
 そんな息子が幼稚園に通い始め、次いで小学校に上がるようになると、
全くと言って良いほど二人で過ごす時間がなくなった。
 
 当時僕が帰宅するのは今よりずっとずっと遅い時刻。
 息子が僕に「行ってきます。」を告げに来る時間帯は、ようやく僕が寝床から這い出す時間帯でもあった。
 
 息子が戻る時刻には僕は既に家にはおらず、
僕が帰宅する時刻には息子は深い眠りのさ中だった。
 
 日曜・祝日も休めないことの連続。
 
 
 子どもとすれ違ってばかりの生活に悩んだ僕に妙案が閃いた。
 
 それは息子と毎日「交換日記」をすることだった。
 
 小学生になったばかりの息子との交換日記。ノートは確か8ます。
一文字一文字丁寧に正しく書くことに気をつけていた。
 内容は、息子に小学校での生活ぶりを尋ねるもの・季節の草花や虫についてのこと・元気に育ってほしいと願う気持ち・クイズ問題・お父さんの仕事について…などなど、
いろいろなメッセージを「息子に届け」と日記に託した。
 
 会えない分、話せない分、毎日2ページも3ページもメッセージを綴っていた。
母親の大いなる応援もあって、息子も一所懸命にそのキャッチボールに参加してくれた。
夜中に日記帳を見るのが楽しみだった。
 ノートも8ますから10ます16ますとます目が増え、
日記帳の冊数も随分たくさんになっていった。
 
 息子が小3に上がる年の春、ヒゲ先生から上本町校の鍵を授けられた。
 「ここは君がやりたまえ。」と。
 そして息子は上本町校開校初年度の小3生として登校できることとなった。
 週に2日の上本町校と2ヶ月に1度の実験学校では、
 生徒と先生の間柄で、日中に顔を合わせることができ、会話できるようになった。
 
 
 交換日記はたしか息子が4年生になるまでに終わってしまった。
 
 
 今、日記帳は段ボール箱の中で重なって、押入れの奥に追いやられている。
 
 しかし、当時の僕と息子の気持ちをいっぱい詰め込んだ日記帳は、
 僕の老後の素敵な宝物になるはずである。
 
 
 追記
 現在、決して優秀でも器用でも無い彼だけれど…
 健康でかつ性格の良いやさしい青年になってくれたことに、たくさんの感謝をしている。
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2010/12/02 01:00 | Comments(0) | TrackBack() | 森山's Honey Bucket
2010年 夏期合宿 小学生メカ工作
農作物にせよ、工業製品にせよ、道路にせよ、
リアルに「モノ」として存在するモノの「ものづくり」は、
社会の原点ですよね。
P8236939_R.JPG












先日、小学校の日曜参観で、江戸時代の新田開発についての
研究発表がありました。生徒達は、一生懸命特大の
模造紙に、レポートをまとめて発表しています。
P8236959_R.JPG
















人口が増えてきて、今までの田畑だけでは、生活が出来ない。
どうすればよいか・・・に対する当時の人々の知恵だったわけですが、
P8236960_R.JPG












その新田も、すでに新田の役目を終え、新しいものづくりをしないと
いけない時代がとっくに訪れています。
P8236937_R.JPG
















今、日本では、仕事が大変少なく、多くの大人たちが日々大変な
思いをしています。
P8236962_R.JPG












新田開発のように、いいアイデアは簡単に湧くものではありません。
今の時代のための、いいモノを作る、あるいは、作らせる事が出来る人が
これからもっともっと重要になると思います。

がんばらないといけませんね。



2010/11/30 15:17 | Comments(0) | TrackBack() | 【学園 fotologue】 posby:溝端
ルーツ
●むこう向きのおっとせい その56

昨日、ヒゲ先生の満中陰の法要があった。
 
極楽浄土に無事たどり着くだろうか。
ヒゲ先生の事だから、閻魔大王ともめたりしてないだろうかなど思いながら僧侶の読経を聞いていた。
 
その後の会食(お斎と言うらしい)で、ヒゲ先生の事を中心に、親族で随分会話が弾んだ。
自分の知らないヒゲ先生の姿がそこかしこにあった。
 
話をしながら、血のつながった者同士の一種独特の連帯感みたいなものを感じた。
 
 
血のつながりと言えば、昨日は来ていなかったいとこの一人が、
先日のお葬式の時に藤原家の家系図を作成して持って来てくれた。
 
亡くなったヒゲ先生のお兄さんが書き留めていたものを整理したとのこと。
ヒゲ先生のお父さん、すなわち私の祖父の5代上の先祖までさかのぼって書いてある。
 
まとめる労力は大変なものだった思う。
 
 
恵吉(祖父)・タケ→峯三郎・シモ→常平・里野→万兵衛・アキ→政平・ひな→善四郎・いう
 
政平1734年生、1816年亡と書いてあるので、江戸時代、享保の改革が行われた頃に生まれ、
82歳まで生きた事になる。
その当時としては随分長生きの部類に入るのではないだろうか。
 
次の万兵衛さんも76歳まで生きているので(この方も江戸時代生まれ)長生きの家系かもしれない。
 
シモさん、里野さんてどんな人だったのだろう。表を見ているといろんな事が想像できておもしろい。
 
 
自分が今こうして生きているのは、これらの祖先がさまざまな物語を刻みながら、
命をつないできたからだと改めて感じる。
 
時にはこの家系図を眺めながら、ヒゲ先生の事、そして祖先の事に、思いを馳せたいと思う
 
ではまた。

   (家系図です)

2010/11/29 13:38 | Comments(0) | TrackBack() | むこう向きのおっとせい・・・真也のブツブツ
TTP
ワクワクの土曜日担当、池畑ことあっくんです☆
本日も僕のヒトリゴトにお付き合い下さい♪



「人の物を盗んではいけません。」


って言われたらどう思いますか?


「そんなん当たり前やん。」


きっとこんな声が返ってきそうですね。


まさに、その通りです。


人の物を盗んではいけないのは、法律で禁止されてるからではありません。

そのことによって傷つく(悲しむ)人がいるからです。


ということは、盗むことによって喜んでもらえるのなら盗んでもいいわけです。


「そんなモノあるの?」


って声も聞こえてきそうです。


盗んでもいいモノ、それはその人の『良いところ』。


です。



「なぁ〜んや。」


なんて思う人もいるかもしれないですが、
盗んで喜ばれるのなら盗まないともったいないでしょう。




今、多くの中学生は学校の定期テストを目前に控えています。

学園でもテスト対策の真っ只中で、連日たくさんの質問を聴いています。


そんなテスト対策勉強会の中で、せっせと小さな紙に覚えるべく重要ポイントを書き写している子がいました。


ふと気になって尋ねてみると、


「学校でめっちゃ成績のいい◯◯がこうやって小さな紙をいくつも作って、寝る前に勉強してるんやって。
俺も真似してやってみることにしてん。」


とのこと。



「めっちゃ素敵やなぁ〜!」



って思いました。



『うまくいってる人の真似をする』


簡単なようで、中々できないことです。


真似るためには、その相手を認めないといけないから。


プライドが邪魔をするんですね。


ですが、『素直さ』がその『プライド』に打ち克ったとき、人を認めれるようになります。


その人の良いところをどんどん盗めるようになります。


その人の良いところを盗み、より素敵になったあなたを見て盗まれた相手はどう思うのでしょう?


僕ならとっても嬉しいです。




人の良いところは、

TTP(ってい きに くれ)


2010/11/27 23:59 | Comments(0) | TrackBack() | あっくん(池畑)の大きなヒトリゴト
『やるじゃん!』
 こんにちは
 
CY ( コンパクト ヨコヤマ )

kouitikun.gif



です。
 
 

3ケ月前 息子は 「これ何?」と言う代わりに
 何を どう間違って 覚えたのか 「こで」と言っていた。
 
年齢的に 知りたいことが たくさん出てきたらしく
 かたっぱしから 聞いてくる 
但し その言葉はいつも 「これ何?」ではなく 
 
こで
 
 
今は ようやく 「こで」とは言わなくなった。
 そのかわりに
 
 これ?」
 
 
少し 上から目線の 文句があるような 聞き方にも聞こえる・・・。
 「 これ?」と言ったら 「これ 何?」と言い換えている。
 
しかし 息子は いつも
 
 「 これ?」
 
 
 
 
三輪車も3ケ月前の とっても暑い時期に乗っていたときには
 少しでも上り坂があると 足が動かない
 平坦でも うまく車輪を回せない
 
それが 11/23の祝日に 久しぶりに 乗ったら・・・
 
あれれ うまく漕いでいる しかも 速い
 上り坂でも ぐいぐいと漕いでいく
 
三輪車は 保育園でも乗っていると 連絡帳によく書いてあったが・・・
 なかなかの 上達ぶりである
 
私も 今年は 上手にマラソンのトレーニングができていたと
 思っていたが 私よりも 上達が早い
 
 
『やるじゃん
 
 
しかも 下り坂でもないのに ペダルから足を離して 進んでいる
 反対側から見てみると 片足だけペダルを踏んで
 ス~イ スイ と 漕いでいる
 な、なんと!
 
こんな技 いつのまに覚えたのだろう
 そして
 私は 思った。
 
 
  「こで
 
 
 
では、また来週金曜日に・・・。

2010/11/26 00:06 | Comments(0) | TrackBack() | 『この道の果てまで・・・』横山のつぶやき

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