忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2025/04/20 16:48 |
出会い
森山’s Honey Bucket 63

近鉄電車の最寄駅まで、チャリンコ最速走行で15分。
たいていは息咳切らしながらのダッシュだったが、 
いくぶん余裕のある朝は、自分で作詞・作曲した曲を口ずさみ、
「なかなかの名曲だ!」と悦に入りながら、ペダルをこいでいた。 
 
そんな高校時代、16歳の僕は、
今なお、「一生の宝を得ることができた」と神に感謝するほどの「友人」に出会った。
 
友人の名は藤井隆。(同姓同名だが、吉本の芸人さんとは別人物だ。)
 
彼は当時から、とびきりの秀才であり努力家であった。
 
ただ秀才であるだけならば、凡人である僕の周りにはたくさんいた。
しかし、彼ほど偉そうぶらず、周りの人間に親切で、面倒見が良く、
かつ、どんなときも変わらぬ自然体でいる人物に、
僕はそれまでの人生でめぐり合ったことがなかった。
 
 
あくる日からテストが始まるというぎりぎりの日に、
わからないところだらけで困り果てた僕は、
「藤井、これ教えてくれへん?」と尋ねた。
ここで言う「これ」が指すのは「この一問」ではなく、「この単元(すべて)」だ。
 
彼は決してNOとは言わず。
「森山!あかんやんけ!」と言いながらも、
「ほんなら説明するで。」と解説を始めてくれる。
 
 
1-Hの教室。
生徒ひとりに先生ひとり。僕の席は中央最前列。
藤井先生は黒板を大きく使い、丁寧な解説で僕のための授業を進めてくれるのだ。
 
彼の説明はたいへんわかりやすく、しっかり聞いていると、
「この単元はこういうことだったのか…」と初めて気づくことができた。
普段僕の不理解をものともせず爆進する数学の先生の説明とは天と地の差があった。
(もちろん悪いのは僕だけれど…)
 
 
僕にとって翌日はテスト。ということは藤井にとっても明日はテスト。
しかし彼は僕を急かすことも、慌てて切上げようともせず、
ずっとずっと付き合ってくれた。
 
いつのまにか、教室の壁が夕日色に染まった。
 
やがてすっかり外が暗くなって、さしもの僕も彼のことが気の毒になってきた。
「ありがとう。めっちゃわかった…」とお礼を言い、二人で教室を後にする。
 
でも幸い?僕は八尾、彼は国分。どちらも近鉄大阪線の同じ電車での帰宅だ。
始発駅からの乗車なので並んで座ることができる。
 
おもむろにカバンから数学のテキスト『オリジナル』を取り出した僕は、
「なあ藤井もうちょっとええか?」性懲りも無く頼んでしまう。
 
「ええで。」やはり彼の返事にNOは無い。
 
揺れる電車の中ですら彼の説明はよくわかる。
 
まもなく八尾駅に差し掛るのに、説明が途中の問題があった。
藤井は「これはやってしまおう。」と八尾駅のホームに一緒に降りてくれた。
 
茶色のペンキが塗られた木製の椅子。
頭の上には裸電球が灯っていた。
 
結局何本かの「国分行き」をやり過ごすほど教えてもらい、
ついに彼が電車に乗り込んだとき、
僕は恋人を見送る女の子のように、彼に手を振り続けた。
そして遠ざかる電車がちっこくなるまで、ホームにいた。
 
「先生」という職業に憧れを持つようになったのは確かにこのときからだ。
 
どんな先生?
藤井先生のように「生徒に付き添う先生」だ。
 
 
 
人生の指針を僕に与えてくれた彼は、
今、医師として日々多くの患者さんの命と向き合っている。
 
「藤井先生にならば命を預けられる…」
そんなふうに言ううちの母親も、今彼の病院の患者の一人だ。
 
「すまんけど藤井、お母ちゃんもよろしく!」
PR

2011/01/20 00:53 | Comments(0) | TrackBack() | 森山's Honey Bucket
教室の「インパチェンス」

森山’s Honey Bucket 62

 

 教室の南側の窓際にインパチェンスという名の花が咲いている。

南側とは言え、たった1枚のガラス板で外界に接している場所だから、

この季節とくに早朝はかなり冷え込むはずだ。しかし、寒さにもめげず、

出勤しきた僕らをピンクや赤の花びらを大きく広げて出迎えてくれる。

けなげさを感じる。

 

 実はこの花、52期生が中3になったばかりの春(つまり今から約4年程前)に、

ホームセンターの園芸コーナーで買った。一株たしか198円。

 花粉から胚珠に向って伸びる「花粉管」を観察する実験に利用するからだ。

 実験では小さな株についている花という花のほとんどを摘んで使ってしまった。

 花を持たない株はとても貧素でみすぼらしくなってしまったが、

「来年まで生き延びて、また花を咲かせるなんてことがあったりして…」と、

まったくあてにもせず、窓際へと運んだ。

 

 いつのことだったか、茎がスルメの一番細い足のようになり、枯れてしまったかに見えた時期もあった。

 でも、「頑張りや。」などといって水は欠かさずやってきたし、時には肥料も与えた。

 

 

 それがどうだろう…。なんと毎年花を咲かせつつ、思いのほかの4年間を生きて、

今、また幾度目かの開花を迎えたのだ。

 

 

 植物といえば、教室にはもっと大先輩がいる。

上本町校が産声をあげた1995年にヒゲ先生が買ってくださった観葉植物2鉢だ。

 これらは今もかわらず教室に酸素を供給してくれている。

 

 

 僕にはちょっとした思い込みがある。

 

 教室とは、親御さんが何よりも大切にしている「子ども」を預かる場所なんだ。

そんな場所なのだから、「生き物」の命を大切にする空間であるべきだ!と。

 

 どうも幼い子どもの発想のようで気恥ずかしいが、本当にそう思っている。

 

 

 小豆島合宿で子どもたちが、いつもより断然いきいきして見えるのは、

取り囲む無数の生き物たちが、子どもたちそれぞれに

「生きることへのエール」をいっぱい送ってくれているからかもしれない。
 

 29e7659b.jpeg

 








 

P.S. 

 

親メダカと一緒に泳ぐようになった子メダカも今のところ皆元気だ。 


2011/01/13 00:36 | Comments(0) | TrackBack() | 森山's Honey Bucket
Blog in the bed
森山’s Honey Bucket 61



新年明けましておめでとうございます。


今年こそは!と張り切っていた矢先。

早々から失敗をやらかしてしまいました。


「感染性腸炎」で緊急入院することになり、病院のベッドでブログを書くはめになっています。

年末年始の暴飲暴食のバチがあたった模様です。

生ものからのウィルス感染のようです。胃腸がポンポンに腫れ、ほぼその任務を放棄している状態です。

当然ですが、この二日間は全く食欲というものがありません。食べ物を想像するだけで、もう駄目です。

にもかかわらず、昨夜高い熱にうなされて見る夢には、なぜかカツカレーとか分厚いステーキとか熱々の天ぷらとかの油もの(こうして文字を打つだけで気分が悪くなります…)が登場し、睡眠を持続させてくれませんでした。


仕事(講習会後半)があることを理由に、入院回避を頼みましたが、「この状態では絶対駄目」とのお達し。講習は若い先生方にお願いすることにいたしました。

年明け早々こんな有り様で面目無い。

退院後しっかり働きます。

110105_2341~01.jpg

2011/01/06 09:49 | Comments(0) | TrackBack() | 森山's Honey Bucket
久しぶりのお留守番
森山’s Honey Bucket 60

 中3の冬合宿に参加しなかったのは13~14年ぶりだった。
大阪にお留守番チームの一員として留まり、
他の学年の講習・生き生き理科実験・懇談会を務めた。
 
 今頃…
船内学習だなあ…夕食だなあ…電話帳に向っている頃か…ちゃんと質問してるかなあ…分科会だ…餅つきやってる時分だ…寝る前の日記か…寒いだろうなあ…散策途中夕日は綺麗見えるかな?…スキヤキをわいわいやってるなあ…百人一首で盛り上がってる頃だ…
いよいよ徹夜か…
 
 ふとした折に、何かと問題の多い普段の彼らの顔を思い浮かべてしまう。
 
 島で合宿に参加している中3生は、大阪にいて彼らのことをあれこれ想像しているこちらのことなど、微塵も気に掛けていることはあるまい。
そんなことを百も承知で、それでもあれこれ想ってしまうのだ。
片思い?いや遠くに住まう子どもを想う親心?
まあ、そんなところだ。
 
 徹夜学習に臨む中3生に、大阪の職員から激励のメッセージが届けられる。
徹夜開始の合図を前に、学園長真也先生がそのメッセージを彼らに伝えてくださる。
例年、そのときの彼らはいつにない真剣な様子に変身する。今年の子たちはどうだったろう?
 
 初めて届ける側になった僕は下のようなメッセージを発信した。
どう聞いてくれたかなあ…
  
 
  
楽しいことは大好き。
辛いことは大嫌い。
明日にだってできることなら、今日はもうこれ以上頑張らない。
したくないことをしない理由はいくらだって思いつく。
自分が可愛い、だから自分で自分をいじめない。
 
多くの人に当てはまる本音だと思います。
僕もまさにそんな一人です。
 
でも、一生に幾度かだけでも、
「このときだけは頑張りぬいた。やりきった。」
と振り返ることのできる経験を持つことは、
きっと素敵なことだと思います。
 
いつか、自分で自分をしっかり褒められるからです。
 
トイレも、綺麗にすることなしには、女神様は出てきてくれません。
勝利の神様に出会うために、神様の心に届くよう、しっかり扉を叩きましょう。
 
       僕も中3のときしっかり徹夜を乗り越えた、20期森山より


追記

 今年はヒゲ先生のことで、たくさんのご心配をおかけしました。
たくさんのお励ましをいただきありがとうございました。
 職員一丸となり、しっかりとしたスクラムを組んで、難局を乗り越えるべく励んでまいります。
次年度もどうか応援ください。

 皆々様にとって素晴らしい新年になられますよう、お祈りいたします。

 

2010/12/30 00:30 | Comments(0) | TrackBack() | 森山's Honey Bucket
ずっと続けたいなあ…
森山’s Honey Bucket 59
 
 
 元来が小心者である自分は、
あることでひとたび悩み始めると、
思考の一つ一つが負の連鎖を辿ってしまい、 
心がどんどん暗いほうへはまり込んでいくことがある。
 
 
 ものごとにはいろんな方向からの見方があるはずだし、
困難を解決へと導く手立てもきっとあろうはずなのに、
落ち込むとそれがまったく見えて来なくなる。 
 考え方にバリエーションがなくなり、
「解決の糸口さえない…」
と思い込んでしまうのだ。
 
 
 ところが、そんなとき、
自分の心をフッと楽にしてくれる方法があることに、最近になって気づいた。
気持ちが明るくなり、前向きになる方法だ。
 
 
今さら気づくというのもおかしな話だけれど
その方法とは、僕の場合…
 
「やりがいのある仕事をひたすら忙しくこなすこと」
 
「目の前にいる子どもたちとがっちり向き合うこと」
 
だった。
 
 
格好良いことを言ったところで、むろん僕は仕事の虫ではない。
 
かつて、忙しすぎることや休みのないことに
やりきれない思いを募らせたことがある。
 
それを終えた後の「お楽しみ」を頼みに仕事をしていた、
と言わざるを得ないこともあったはずだ。
 
どう買被っても
「仕事が生き甲斐」と胸を張れる人生ではない。
 
 
なのに、
こんな歳になった自分が、
「泣きべそをかきながら母を探す迷い子」
に似た不安に支配されたとき…
 
しんどい心を楽にしてくれる特効薬が、
自らの「仕事」の中にある、と気づいた。


「仕事」を大切にすることと、「自分」を大切にすることとは、一体のことかもしれない。
 
この仕事、ずっと続けて行きたいなあ… 
 

2010/12/23 01:15 | Comments(0) | TrackBack() | 森山's Honey Bucket

<<前のページ | HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]